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東京支社 支社長代行 森本幸成

入社以来、25年近くのキャリアを歩んできた森本は、関西電力と四国電力の原子力を中心とする発電所を担当してきた。四国支店長、そして東京支社長代行を任命され、着実にキャリアを形成している森本だが、最初は新入社員と同様、右も左もわからない状態で創意工夫を重ねてきたという。森本の四半世紀に及ぶ道のりを振り返ってみる。

夢中で経験を重ね、自分を高めていく。

東京支社 支社長代行 森本幸成

新人時代からの約10年間、森本は若狭支店に所属し、1年目は高浜原子力発電所、2年目以降は大飯原子力発電所の担当として、お客様との交渉の最前線に立ち続けていた。
「発電所のメンテナンスなどを担う保修課からのオーダーに従って、発電所で必要とする様々な部品を取り寄せていくのが当時の基本的な仕事でした。担当は先輩と私の二人だけ。にもかかわらず、保修課には200名ものお客様がいました。一人で100人からのオーダーに応えなくてはならないために、多忙な日々を送っていましたね」
中途入社の森本は、前職が電力に関係した仕事だったわけではないため、ゼロから知識を身に付けるほかはなかった。毎日、多くのオーダーが寄せられる中で、それこそ目が回りそうな思いもしたという。しかし、経験するチャンスがたくさんあったからこそ、知識やスキルを際限なく吸収することができた。ここでの濃密な経験があるからこそ、今の自分がある。そう森本は実感している。

ニュースになるような大掛かりな案件を経験。

2000年代前半には転機が訪れる。原子力アフターサービスチームへ異動となり、関西電力本店の案件を担当することになった。原子力発電所の部品を納入するという意味では支店時代と同様だが、そのスケールが大きくなった。関西電力が管轄するすべての原子力発電所で用いる、大掛かりな案件を担うことになったのである。
当時、森本が扱っていたのは原子力発電所に関する主要機器のリプレース。どの案件も費用規模が大きく、大掛かりなプロジェクトとなり、各方面との調整や契約なども一筋縄ではいかなくなる。
「細かい案件が多数寄せられる支店時代とは異なり、一つの案件にどっしりと構えて集中するようなイメージでしょうか。1年くらいかけてじっくりと交渉をする案件なども多数ありました」
印象に残っているのは、高浜と大飯の両原子力発電所のタービン軸をまとめて入れかえたときだ。電力の生産に直結する重要な機器だけに、メーカーである三菱重工と関西電力とともに、何度も打ち合わせを繰り返し工事の段取りなどを決めていった。
「これだけの大型案件に挑戦できるチャンスはなかなかありません。物事がなかなか決まらずに苦労はしましたが、振り返ってみると楽しいという思い出ばかりが心に残っています。一人のビジネスパーソンとして、まさに光栄な経験でした」
この案件を手掛ける頃には森本はリーダーとして、7~8名の部下を率いる立場にもなっていた。社内はもちろん、お客様や技術者をはじめ関係する多くの人とスクラムを組んで、新聞に載るような新しいモノを作る。人の輪をつなげていく醍醐味も、森本はたっぷりと味わっていった。

逃げずに立ち向かうのが商社という存在。

2011年9月に四国支店へ異動。翌4月からは支店長となり、支店の運営や人材育成といったマネジメント面に取り組んでいくようになった。5名程度の小さい支店のために、森本が自らお客様先に出向いて営業をすることもあり、プレイングマネージャーとしての色合いも濃かったという。
「支店長という立場は、結果を出さねばならないという重い責任を担っています。しかしながら、すべてを自分の裁量で形作っていける自由度の高さがあるだけに、仕事の面白さは何倍にも膨れ上がりました。」
四国支店長時代には、本社企画室も兼任し、社内横断的な拡販プロジェクトチームの現場リーダーも任された。これは全国の顧客に対しての拡販を主導する特別チームであり、全国の精鋭たちが定期的に東京に集って議論を重ねた。取引のなかった新規メーカーの開拓に乗り出すなど、三菱商事パワーシステムズとしての新たな可能性を切り開いてきた。
「電力というとノウハウが固まっている世界だと思われがちですが、従来のやり方だけでお客様の困り事がなくなるわけではありません。新しい考え方が入る余地は十分にあります。私たちが起点となって新しいビジネスが広がっていけば幸いです」
確固たる商品を持たない商社だからこそ、新しい可能性を模索し続けなくてはならない。そう森本は肝に銘じている。
「お客様とメーカーと正面から向き合って、両者をつなぐ役割をしっかりと果たす。責任を持って取り組んでいくからこそ、私たち商社がいる価値が生まれるのではないでしょうか」
森本はそう力強く応えた。

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